脳が先か睡眠が先か?【最新の研究紹介】
ニワトリが先か卵か先かという因果性のジレンマをご存知でしょうか?
進化の歴史を辿った際に、ニワトリ以外の生物が卵を産み、その卵から今のニワトリが誕生したのか?
はたまた卵以外の形で今のニワトリが生まれ、そのニワトリが卵を産むようになったのか?
この疑問の答えはありません。
このニワトリが先か卵か先かの疑問を寝ながら考えていた時にふと思いました。
睡眠って脳ができてからの現象なんかな?
この疑問に対する答えを、2020年の九州大学の研究が明らかにしてくれていましたのでご紹介します。
脳が先か睡眠が先かを考える上で、睡眠と脳についての基礎知識が必要になるので、まずはそこから説明していきましょう。
脳が先か睡眠が先か
睡眠とは?
そもそも睡眠とはなんでしょう?
睡眠はヒトをはじめとする哺乳類はもちろんのこと、魚類や昆虫などでも観察される生理現象で、一般的には脳を休息する手段といった脳機能に関連のある現象であると考えられています。
睡眠中に記憶が海馬に保存されるとかよく言われるよね
睡眠というと人間における睡眠について語られることが多いですが、今回の記事は睡眠の歴史について語るような内容になるので、生物学的観点から説明していきたいと思います。
行動としての睡眠は自発的に生じる静的状態のことと定義されます。
これはただ止まっているというだけではなく、少し揺さぶったくらいでは動かない静的状態です。
人間も睡眠に入っている際には少し揺さぶったくらいでは起きませんよね?
私は激しく揺さぶっても起きません。
魚類なども同じで、夜間の海に潜るとふらふら漂っている魚を見ることができますが、普段であれば反射的に逃避行動を起こす魚が、睡眠中は微動だにしません。
この睡眠状態の生物の脳では、さまざまな要素(タンパク質や遺伝子)が関与しています。
例えば、睡眠薬にも使われているホルモンの一種メラトニンは睡眠を誘発する物質として知られていますし、逆に快楽物質と言われる神経伝達物質のドーパミンは睡眠を阻害し、覚醒を促します。
このように睡眠にはさまざまなホルモンや神経伝達物質が関係していますが、さらに細かく言えばこれらの物質の発現を制御しているDEC遺伝子といった体内時計としても働いている遺伝子などもあり、一言で睡眠といってもとても複雑に制御されています。
体内時計も非常に面白いので、また別の記事で描きたいと思います。
話は逸れましたが、静的状態であれば睡眠しているかどうかを判別することができ、睡眠関連遺伝子を阻害することで睡眠を阻害できているかの確認をしたり、逆に睡眠を誘発する物質を導入することで睡眠を生じさせたりすることができるわけです。
人間が使用している睡眠薬も睡眠のメカニズムを利用して作られてますねん。
脳とは?
脳とは何?と聞かれても、脳は脳でしょと思われるかもしれませんが、進化的に考える際にはもう少し細かく定義する必要があります。
一言で言えば、脳とは「神経細胞が集合して全身の神経の中枢を成している部分」ということができます。
一般的に脳といえば、脊髄に繋がっていて頭蓋骨に包まれているシワシワの臓器をイメージされる場合が多いですが、これは脊椎動物での話です。
昆虫や貝類、線虫などといった無脊椎動物ではどうでしょう?
実はこれらの下等生物も脳を持っていることが知られています。
これら下等生物においては、哺乳類のようにわかりやすい脳があるわけではないですが、神経節と呼ばれる神経細胞の集合している部分が存在します。
この神経節が神経の中枢となって機能しています。
もちろんこの神経節は線虫も持っていて、たった302個の神経細胞から形成されているそうです。
「神経細胞が集合して全身の神経の中枢を成している部分」を脳と定義しているため、神経節を持つ無脊椎動物も脳を持っているということが言えます。
線虫も脳を持ってるんですよ!
線虫まで脳を持っているんだったら、脳を持たない生物っておるんかいな。。。と思った方もおられるでしょう。
脳を持たない生物もしっかりいます。
例えば、単細胞生物。
ゾウリムシなどの単細胞生物は、単細胞なので神経節を作りようがありません。
多細胞生物では、今回の研究の実験動物となったヒドラやプラナリアなどの散在神経系を持つ生物がいます。
読んで字のごとく、神経が散在しており中枢(脳)がない生物になります。
この脳がない多細胞生物において睡眠は起きるのかというのが今回の研究のテーマになります。
脳のない生物は睡眠をとるのか?
さて、それでは本題です。
脳が先か睡眠が先かの疑問を解決するには、進化的により古い散在神経系を持った生物で睡眠の有無を検証する必要があります。
散在神経系の生物が睡眠をすれば「睡眠が先」、そうでなければ「脳が先」ということになりますよね。
実際はどうだったのでしょうか。
今回の研究ではヒドラという散在神経系を持つ無脊椎動物を使用しています。
当研究では、ライトのオンオフでヒドラの動きが変化するところを観察できるようなシステムを構築し、自発的な静的状態が生じるかどうかを観察しています。
この実験の結果、暗い状態では静的状態を観察することができ、睡眠のような状態(睡眠位相)が起きていることが明らかとなりました。
しかし、この結果からだけでは、脳を持つ生物と同じ睡眠をしている(睡眠が先)とは言い切れません。
睡眠の方法が違う(関連遺伝子など)場合には、進化的に受け継がれたものではない可能性もあるからです。
そこで、本研究では脳を持つ生物の睡眠の関連要素とヒドラの睡眠に関連する要素が同じであるかどうかの実験を実施しました。
この実験では、1)ホルモンなどの投与による睡眠様行動の変化、2)遺伝子を阻害することによる睡眠様行動の変化 に関する実験を実施しました。
1)ホルモンなどの投与による睡眠様行動への影響
睡眠薬としても使用され、睡眠を促す作用のあるセロトニンやメラトニン、GABAなどをヒドラに投与することで睡眠が長くなるかどうかの検証を行いました。
また、睡眠誘発とは逆の物質であるヒスタミンやドーパミンなどでも同様の実験を行いました。
その結果、メラトニンや、GABAでは睡眠が促進されること、また、一般に覚醒物質として知られているドーパミンでも、睡眠が促進されることが分かりました。
つまり、脳(中枢神経系)を持つ生物と似たような物質を利用して睡眠を制御している可能性が示されたわけです。
2)遺伝子を阻害することによる検証
次に睡眠によって変動する遺伝子をマイクロアレイを用いて網羅的に解析します。
この実験は、睡眠を生じる時間帯(暗)に睡眠させた個体と温度変化によって睡眠を阻害した個体の間で発現が変化している遺伝子を調べるというもの。
その結果、マウスやショウジョウバエなどでも睡眠との関係が明らかとなっているcGMP依存性プロテインキナーゼ(PRKG1)の発現が変化していることが明らかとなりました。
そこで、ヒドラのPRKG1を阻害もしくは活性化させてみたところ、PRKG1を阻害したい際には睡眠時間が伸び、活性化させた際には縮むという結果が得られ、ヒドラにおいても確かに睡眠制御に関与していることが明らかとなりました。
ヒドラも睡眠に関してはマウスやショウジョウバエなどの他の生物と同じ遺伝子を使っているということやな
まとめ
今回、睡眠が先か脳が先かの答えになる可能性を示す研究をご紹介しました。
脳を持った他の生物が睡眠の際に使用している睡眠関連遺伝子をヒドラも使用しているということが明らかとなりました。
その他にも、ヒドラの睡眠阻害によって発現が変動する遺伝子のオルソログ(他種間で働きが似ている遺伝子)をショウジョウバエで阻害したところ睡眠に影響を与えることも確認されています。
より進化的に古く、脳を持たないヒドラが睡眠をするということが示唆されたわけですが、このことから脳が誕生する以前に睡眠が存在した可能性が高いということが示されました。
ニワトリが先か卵が先かの答えは出ませんが、脳が先かと睡眠が先かの答えはほとんど出たといっても過言ではないのではないでしょうか。
スッキリしましたわ〜
参考文献
H Kanaya et al 2020. A sleep-like state in Hydra unravels conserved sleep mechanisms during the evolutionary development of the central nervous system.