人とサルの細胞を持つキメラ胚 どこまで研究は進んでいるのか

2021年3月20日に世界的に有名な科学雑誌「Cell」に衝撃の論文が掲載されました。

T Tan et al., 2021.Chimeric contribution of human extended pluripotent stem cells to monkey embryos ex vivo.

https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.03.020

超簡単に要約すると、人のiPS細胞を猿の胚に導入し、成長させることに成功したというもの・・・

以前、人の遺伝子の一部をサルに入れた研究に関してご紹介しましたが、今回は人の細胞を丸ごと導入している、つまり人と猿のキメラ胚を作ったということになります。

今回は人と猿のキメラ胚に関する研究がどこまで進んでいるのか、解説します。

たっきー

なんか怖い・・・。と思った方はぜひご覧ください。

おっくん

技術の進歩を知っておくことは重要だしね

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人とサルの細胞を持つキメラ胚 どこまで研究は進んでいるのか

人と猿のキメラを作る意味

今回のような研究が世間で話題になると、表面的な内容だけが一人歩きしてしまいがちで、「人と猿の子供作るなんて倫理的におかしい!」なんていう批判も出てしまいます。

生物学に詳しくない方や論文をしっかり読んでいない人からするとこのような意見を持ってしまうことは自然なことなので仕方ないですが、この記事ではそのあたりもしっかりみなさまにお伝えしていこうと思います。

今回のキメラ胚作成は医療技術の発展を目的とした研究の一環になります。

例えば、肝臓が悪い人がいたとして、この人の肝臓を猿で作って移植するなどの方法が容易に考えられます。(もちろんこの場合にも倫理的問題はついてきますが)

この時、猿の肝臓を人に移植することはできないので、「人の肝臓を持った猿」を人工的に作る必要が出てくることになります。

その方法として考えられたのが、今回紹介している人と猿のキメラ胚から臓器を作り上げるという方法です。

猿でやらなくてもいいんじゃない?マウスとかラットでやった方がいいんじゃないの?

なんていう声も聞こえてきそうですが、そのような研究は以前からなされてきました。

これまでに、豚やマウスで人の臓器を作らせるプロジェクトというのが存在しました。

しかし、どれも失敗に終わっています。

一方で、マウスとラットのキメラ胚などは成功していたため、進化的に近い種間でのキメラ胚作成はできるのでは?と考え、今回の研究ではカニクイザルを用いて人と猿のキメラを作成する実験を行ったということになります。

人と猿のキメラ胚はどうやって作るのか

それではこの研究の方法はどんなものなのか見ていきましょう。

まずは猿の胞胚期の初期胚と人のiPS細胞を用意します。

胞胚期とは原腸胚になる前の段階で、原腸陥入が起きる前の時期です。

胚が発生していく過程e,dが胞胚の前の桑実胚

桑実胚から胞胚になる過程。2.の胞胚の時期にヒトiPS細胞を導入している

原腸陥入が起きる過程。参考までに。

この胚に人のiPS細胞を注射して導入します。

胚の細胞というのは、成長の段階で胎盤になる細胞・栄養になる細胞・体を形成する細胞に分かれます。

今回の研究では、猿の胚に人のiPS細胞を導入するわけですが、体を形成する部分にこのヒトiPS細胞が入らなければ意味がありませんが、しっかりと全ての部分にヒトiPS細胞が入っていることが確認されました。

導入されたヒトiPS細胞は打った全細胞の5%ほどとのことで、意外と少ないなと感じました。

ここで重要なのは、ヒトiPS細胞が導入されてもその細胞が分化(肝臓の細胞になったり、上皮細胞になったり)しなければ意味がないということ。

そこで、細胞が分化していることを示すマーカー遺伝子を観測したところ、しっかり発現していることを確認しています。

ということは、この胚が成長していけば確かに人間の細胞を持った猿ができるであろうと言うことが推測できます。

今回の研究では、倫理的観点から原腸胚の発生がある程度進んだ段階で実験を終了しています。

今回の研究の課題

今回の研究では、猿の胚に導入したヒトiPS細胞が確かに分化するというところまでは明らかとなりましたが、この分化した先の細胞がどのような細胞になるなのかはわかりません。

つまり、作りたい組織を狙って作れるかどうかは確率の問題となってしまうわけです。

仮に肝臓の細胞が作りたいとしても、導入したiPS細胞が肝臓の細胞になるかは確率の問題と言うことになりますし、もしかしたらそもそも肝臓の細胞には分化しないかもしれません

分化しても完全な人の肝臓にはならないかもしれません。

さらに言えば、ヒトiPS細胞と一緒に培養したサルの細胞はほとんどが死んでしまいます。

原腸胚の途中まで実験をしたと上記で記載しましたが、ここまで発生が進むのも全体の3%ほどしかなく、それ以外はその途中で死んでしまいます。

つまり、人と猿のキメラは思ったよりも成長してくれないと言うこともわかっています。

話は少し逸れますが面白いことに、このキメラ胚の発生に関わる遺伝子発現はサルのそれに似ているようです。

このことから、発生がしっかり進んだとしてもそれは果たして導入したヒトiPS細胞由来の臓器(人に移植できるもの)になりうるかは怪しいと言うことが言えます。

学術的に言えばここが面白いところでもあります。

胚発生において、ある細胞が分化していく際に隣にどんな細胞があるかは極めて重要(細胞間のコミュニケーション)であり、今回のように外部から導入された細胞によってこのやりとりが乱れてしまい、遺伝子発現に影響が出ると言う点は非常に興味深い。

また、人の発生過程や猿の発生過程においては見られなかったキメラ特異的な細胞間コミュニケーションも見られました。

これが何を意味しているのかはわかりませんが、謎は深まるばかりです・・・。

課題をまとめるとこんなかんじ

1.目的の臓器を狙って作れない問題:目的の細胞(臓器)ができるのはランダム

2.キメラ成長しない問題:人と猿のキメラは発生途中でほとんどが死んでしまう

3.人に使える臓器なのか問題:人の発生には見られなかった細胞間コミュニケーションが生じている。

まとめ

これまで豚やマウスなどの進化的に遠い種で人間の臓器を作るようなプロジェクトが試みられてきましたが、これはうまくいかず、近縁種であるサルを使うことでようやく胚発生を進めるところまできましたが、それでもやはり動物を使って人の臓器を作るという目標はまだまだ先の話であると思わざるを得ません。

将来的には、患者の細胞からiPS細胞を作り、それを元に猿とのキメラを作り患者に移植するという医療技術を確立することが目標になります。

そのためには、できた細胞が安全かどうか(癌化しないかなど)を調べる必要もありますし、上記のように目的の臓器を作れるかどうかの問題もあります。

これらのハードルを乗り越えることで人類の医療が発展していくと信じています。