人類による稲作の進化と展望
我が家では、週末に1週間分の食材をスーパーに買いに行くのですが、その道中に住宅街のなかにしては割と大きな田んぼの横を通ります。
8月下旬ということもあって稲はある程度成長して綺麗に田んぼの風景を作っていました。
それを見ながら、「この稲は人間が育種(改良して作られた)することで作った稲だけど、野生の稲ってどんなんなんやろ?」と疑問に感じたので調べていくと結構面白かったのでシェアしようと思います。
また最近の研究で稲に関する面白い研究報告もあったのでこちらも合わせてご紹介します。
人類による稲作の進化と展望
稲の分類について
世界で栽培されているイネには2種類が存在します。
1つが私たちが主食としているアジア原産の「普通イネ」、もう一つが西アフリカで栽培されている「グラベリマイネ」です。
みなさんイネといえば「日本の米」と「タイ米」というイメージをお持ちかと思います。これらは世界中で食べられている品種で、分類的には「ジャポニカ種」と「インディカ種」と呼ばれています。
植物学的にはこの2種は同じ普通イネ(O. sativa)で、アジアを起源とする品種です。
もう一方のグラべリマイネ(O. glaberrima)は西アフリカでのみ栽培されている品種です。
この他には世界には20種類の野生のイネが存在しますが、食用のイネは上記2種類のみなので、ここだけ押さえておけば十分でしょう。
イネの栽培種の進化
イネが人間の食糧として栽培されていたのは、紀元前13世紀にも遡ります。文献が残っていない時代も考えればもっと古いかもしれません。
そのくらい昔になると、今のように水田を作って栽培するというよりもアワやヒエなどの雑穀類と混作されていたと考えられます。
そんな時代が続いたのち、他の雑穀類よりも粒が大きく、調理がしやすいなどの理由でイネ(米)の栽培にシフトしていき、収穫が安定し多く採れる水田栽培が発達していきました。
ところで、日本の米(ジャポニカ種)の歴史はどうかというと、ジャポニカ種の祖先となるアジアイネは中国の長江と考えられています。
それが縄文時代頃に朝鮮半島から海を渡って九州に伝わってきました。この時すでに栽培に向いた形に育種されているので、日本に帰化することはよっぽど条件が整っていない限り無かったのではないかと思います。
イネの品種改良
イネといえば、あきたこまちやコシヒカリなど様々な品種が人間によって作られてきました。
それぞれの品種によって甘さや粒の大きさ、粘り気など強みとなる特徴を持っています。
こういった人間による品種改良(育種)は「交配」によって行われてきました。
より美味しいお米を作るために、先祖代々お米の改良を繰り返してきた農家の方々の苦労には本当に頭が下がります。
このような交配による育種は、目的の特徴(旨みなど)を持つ株の雌しべに目的の特徴を持つ花粉をつけることで、栽培していきます。
日本のイネの世代サイクルは1年ですので、結果が出るのは1年後。これを目的の品種に仕上げるには10年以上かかると言われていますので、非常に時間と根気のいる作業だと言わざるを得ません。
しかし近年、農作物の育種を加速させる技術が進歩してきました。
それがみなさんお馴染みの「遺伝子組み替え」や「ゲノム編集」技術です。
遺伝子組み換えとゲノム編集
「遺伝子組み換え」や「ゲノム編集」といった言葉はみなさん耳にしたことがあるかもしれませんが、どういう技術なのか説明できますでしょうか?
「遺伝子組み換え」というのは、改良したい作物に対して、新しく遺伝子を導入する技術のことです。
例えば、カルシウムがあまり含まれていない作物にカルシウムを多く作るように遺伝子を導入したり、除草剤に強くなるような遺伝子を入れて農薬に強い野菜を作ったり・・・というような技術。
一方、「ゲノム編集」とは遺伝子組み換えとは対照的に、不要な遺伝子を潰してやる技術です。
例えば、ジャガイモの芽には毒素が含まれていますが、この毒素を作る遺伝子を潰すなどして毒素のないジャガイモが造られたりもしています。
2019年にはゲノム編集食品が正式に認可されたのは記憶に新しいかと思います。
このように科学技術の発展により育種の方法も進化してきました。
自然界では生物の進化は自然淘汰によって起きます。人類も漏れなく自然淘汰によって進化してきた生き物です。
人類が文明を発展させるに伴い、食糧となる生物の交配による進化(人類にとって良い変化)、つまり育種に繋がっていきました。
そして現代、この育種をより短時間で完了させる科学技術を発展させてきました。
ここでは、イネの遺伝子組み替えに関する新たな知見が論文として発表されていましたので、最後にそれをご紹介しようと思います。
人間の肥満関連遺伝子がイネの収穫量を増加させる
タイトルからすでに非常に興味深い感が伺えるかと思います。
マウスによる実験では、FTOという遺伝子が欠損すると脂肪量が以上に少なくなることがわかっていました。
このFTOというタンパク質はDNA/RNAデメチラーゼで、DNAやRNAを脱メチル化するためのタンパク質です。
DNAやRNAはヌクレオシドという物質で構成されていますが、普段ヌクレオシドはメチル化されてN6-メチルアデノシン (m6A) になったり、脱メチル化されたりを繰り返しています。
このメチル化をDNAやRNAの修飾と言いますが、これは生物が生きる上で、遺伝子の発現なども調整する現象であり非常に重要です。
もちろんイネにとっても重要な生理現象で、今回の研究ではFTOをイネにトランスジェニック(遺伝子組み替え)することで脱メチル化を促進したところ、温室環境で収穫量が3倍にもなったという驚異の結果が発表されました。
Qiong Y et al 2018. RNA demethylation increases the yield and biomass of rice and potato plants in field trials.(https://doi.org/10.1038/s41587-021-00982-9)
FTOの存在は、根の分裂細胞の増殖や蘖の形成を促し、光合成効率や耐乾性を向上させるようです。
したがって、植物のRNAのm6Aメチル化を調節することは、植物の成長や作物の収穫量を飛躍的に向上させるための有望な戦略となる可能性を示唆しています。
効率化や生産性が騒がれる昨今、農作物の栽培においても生産性向上が一気に進んでいきそうな予感がしますね。
個人的には、交配による育種の方が想いが詰まってていいと思うんですが。