【分かりやすく解説】植物はどうやって季節を感じるのか?
4月になり、桜の花が満開になるのを毎年楽しみにしている方も多いかと思います。
私も桜の花を見るのは大好きです。
この前も桜を見ていてふと思いました。
「毎年気温は変化しているのに、どうやって桜の花が咲くタイミングを調整しているんだ?」
動物のように快適な場所に移動する術を持たない植物が、いかに環境に合わせて花を咲かせるのか・・・。そのメカニズムを詳しく見ていきましょう。
参考文献
https://chronobiology.jp/journal/JSC2016-2-055.pdf
https://katosei.jsbba.or.jp/view_html.php?aid=1090
植物は光と温度を感知して季節を判断している
日の長さが植物に季節を知らせる
植物が季節を感じる手段として考えられるものには日の長さ(日長)が挙げられます。
これは私たち人間も同じで、日が長くなってくると春になったなぁと感じますし、逆に日が短くなると冬になるなぁと感じるかと思います。
日長は気温とは違い、毎年ほとんど同じ条件で変化する環境因子であり、植物が開花を決める要因としては素晴らしく整った条件と言えます。
日長による開花の調整を調べる実験として日長を人工的に調整し、開花時期をずらす実験は古典的な花芽形成(花を形成すること)をずらす手法であり、この日長を利用した植物の生理現象は光周性花成と呼ばれています。
植物はどのようにして光を感知しているのか
ここからめっちゃ難しい話をするので、自信のない方は動画をご覧ください(近日公開)。
植物は人間のような目を持っていないため、視神経内に存在するロドプシンという分子は持っていません。
その代わりに、遠赤色光受容体フィトクロムや青色光受容体フォトトロピンなどといった光受容体を持っていることが知られています。
これを実証する実験として、遠赤色光受容体フィトクロムを持つアサガオでは赤色光を照射することで、開花を調整できるということがわかっています。
光周性花成を利用した植物には、日が長いと花成が促進される長日植物と日が短いと花成が促進される短日植物が存在します。
これまでの話から、長日植物では光受容体が花成を促進すのでは?と思われる方も多いと思いますが、そう簡単な話ではありません。
例えば、長日植物であるシロイヌナズナは3種類の遠赤色光受容体フィトクロム(phyA、phyB、phyD)を持ちますが、phyAは光に当たることで花成を促す一方、phyBやphyDは逆に花成を抑制します。
こうなると、一体なんで日が多く当たる季節に花を咲かせるんだ?と不思議になりますが、実は植物の影に入る(赤色光が弱くなる)ことで花成が促されていることがわかっており、赤色光の少なさによってphyBやphyDの働きが抑制され花成が促されることが明らかになってきました。
ここからわかることは、日が長く多く光合成ができる場合には花を咲かせずに成長に集中する方がメリットが大きいという植物の環境適応能力があるということです。
光受容体の面白さはこれだけではありません。短日植物の例を見ていきましょう。
短日植物であるイネもphyAを持っていることが知られています。
しかし、長日植物の場合とは違いイネのphyAは光を受けることで花成抑制に働くということがわかっています。
このことから、植物の種類によって光の感じ方も違うということがわかります。
同じタンパク質なのに機能が正反対なんて不思議やな
日長によって花が咲くメカニズムとは?
花が咲くメカニズムには実は概日リズムが関わっているということがわかっています。
概日リズムとは、みなさんよくご存知の体内時計です。
植物の体内時計を司るものとして、CO遺伝子(COmRNA)というものが存在します。
このCOmRNAは正午から葉の細胞内で増加し始め、夜にピークを迎えます。
そして、朝にかけて徐々に減少していくという概日リズムを刻んでいます。
COmRNAは翻訳されてCOタンパク質が出来上がりますが、COタンパク質は光がない状態では蓄積されないことがわかっており、日の短い季節(短日条件下)では細胞内に蓄積されません。
逆に長日条件下では、COmRNAの増加に伴ってCOタンパク質も蓄積し続け、長日条件下に特異的な蓄積がもたらされます。
この特異的なCOタンパク質の蓄積が花成を促すということです。
COタンパク質が蓄積することが重要だということは分かりましたが、COタンパク質は何をしているのでしょうか?
COタンパク質は、花成を促進するFT遺伝子(FLOWERING LOCUS T)の転写(DNA→mRNA)を促進します。
日長が16時間(正確には夜間が8時間以内)になるとCOタンパク質の蓄積が十分となり、葉の維管束においてFT遺伝子が発現し、FTタンパク質が生成されます。
これが茎頂の花芽のとある細胞に受け取られると、この細胞内にある転写因子FDタンパク質と結合します。
FDタンパク質は単体では転写制御をする機能はありませんが、FTタンパク質との複合体(フロリゲン複合体)を形成することで転写因子としての機能を獲得することがわかっています。
その結果、茎頂において花芽形成を促進するAP1遺伝子の転写を促すことで花成が促されるという仕組みです。
複雑な仕組みでしたが、お分かりいただけましたでしょうか?
COmRNAの転写やCOタンパク質の安定化などにはさらに複雑な分子機構が働いていますが、どんどんややこしくなるので、本記事ではこのくらいにしておきます。興味のある方は参考文献をご覧ください。
植物はどのようにして温度を感知しているのか
日の長さによって植物は季節を見分けているというお話をしました。
その際に、日の長さは毎年同じため、季節を見極める要因として優秀という話をしましたが、毎年桜の開花時期は全く同じではありませんよね?
この毎年の開花時期の変化の説明になるかは分かりませんが、温度変化の違いによっても植物の遺伝子発現に違いが起きるという面白い話もしておきたいと思います。
植物の環境適応能力は極めて高い
我々人間をはじめとした動物は、寒ければ風の少ない影に隠れたり、暑ければ日陰に入るなど移動や運動をすることで、環境の変化に対応することが可能です。
しかし、植物の場合はそうではありません。
それでは植物はどうやって環境の変化に対応しているのでしょうか?
これは、その時々の環境に合わせて遺伝子の発現を切り替えており、例えばシロイヌナズナという植物では低温にさらされた場合、300もの遺伝子に変化が起きることが知られています。
環境適応能力は遺伝子の発現だけではありません。
植物は葉緑体という光合成に使われる細胞小器官を持っています。
葉緑体は細胞内で自在に動くことができるそうで、常温で強い光にさらされると光によるダメージを避けるため葉の表面ではなく、側面に葉緑体が移動することが知られています。
夏場の直射日光が強い時期に植物を日にさらすと、葉の色が薄くなるのはこのためかもしれません。
逆に常温で弱い光にさらされた場合には、できるだけ光を浴びるために葉緑体は葉の表面に広がります。
これもまた、環境に合わせた素晴らしい適応能力と言えるでしょう。
ところが、、、、
低温で弱い光を浴びた状態では、なんと葉緑体は強い光を浴びた時と同様に細胞側面に移動することもわかってきたのです。
これがなぜなのか、1世紀もの間明らかにはなっていませんでした。
そして近年になって、この現象には青色光受容体フォトトロピンが必要になるということが明らかになります。
青色光受容体フォトトロピンとは
青色光受容体フォトトロピン(phot)は何をしているのでしょうか?
photはN末端領域に光受容ドメインであるLOV(Light-Oxygen-Voltage)ドメインを2つとC末端領域にセリン−スレオニン型キナーゼドメインを一つ持つタンパク質です。
この2つのLOVドメインにはそれぞれフラビンモノヌクレオチド(FMN)が1つずつ結合をしています。
暗所においてはこの結合は非共有結合であり、青色光を照射すると共有結合をします。
共有結合をするとキナーゼドメインが活性化し、photは自己リン酸化します。
これによりphotの下流にある関連遺伝子の発現が引き起こされます。
その結果、葉緑体の移動といった温度の差による生理現象が生じるというわけです。
フォトトロピンはどのように温度を感知しているのか
それではphotはどのようにして温度センサーの役割を果たしているのでしょうか?
photはあくまでタンパク質であり、我々のように「暑いなぁ」とか「寒いなぁ」といった感覚や感情は持ち合わせていません。
そこで研究者はphotがFMNと共有結合することで活性型になるという点に着目しました。
自己リン酸化の割合を実験で確かめると22℃の場合よりも5℃の時の方がリン酸化している割合が高く、より活性化の度合いが高いことが明らかとなりました。
この現象がどのようにして引き起こされるのか。
その鍵はphotのLOVドメインとFMNの結合にありました。
photは青色光を受けるとLOVドメインにFMNが共有結合するという話がありましたが、この結合は熱依存的にマイクロ秒単位で共有結合と非共有結合を繰り返しています。
この熱依存性の変換は熱反転と呼ばれており、活性型LOVドメインの寿命(どれだけ活性型でいられるか)に大きな影響を与えます。
実際に22℃の環境と5℃の環境での活性型LOVドメインの寿命を調べてみると、22℃の半減期が約30秒、5℃の半減期が約120秒ということがわかりました。
従って、低温の状態では活性型LOVドメインがより多く存在し、常温時の強い日差しを浴びている時のような葉緑体が細胞側面に位置する状態になるというわけです。
分子間の結合の熱に依存した絶妙な不安定性によって温度を感知しているというのは非常に興味深かったです。
勝手に温度の感知による遺伝子発現の変化も開花に影響してるんじゃないかなーと考えておます
*そのような研究結果があるかは不明
まとめ
いかがでしたでしょうか?
普段何気なく見ている綺麗なお花たち。
実は超精密で超不思議なメカニズムが隠されていました・・・。
近年では実験技術も進歩しており、ますます未知の現象が明らかになっていくことを楽しみにしています。