コロナウイルスはどのように細胞に感染するのか

コロナウイルスが人間の細胞などに感染するというのは知っていると思いますが、実際どうやって細胞にくっつき、感染するのか想像したことがあるでしょうか?

そんな肉眼では見えない現象をシミュレーションによって明らかにしたという論文がありましたので、今回はその論文についてご紹介したいと思います。

ウイルスの動きがめちゃくちゃ面白いので、ぜひ動画でもご覧ください。

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コロナウイルスはどのように細胞に感染するのか

今回の論文は「elife」という科学雑誌に出た論文で、コロナウイルス(SARS-CoV-2)が持つスパイクタンパク質が細胞にくっつく際にどのように動いて細胞膜とウイルスを融合させているのかというところをシミュレーションしてみたという内容になります。

コロナウイルスによるパンデミックを一刻も早く収束させる必要があるということで、各国で薬の開発が進められており、今回の研究が創薬の1つのヒントにもなるかもしれません。

現在、日本でもワクチン接種が進んでいますが、ウイルスを根絶するためにはやはり薬が必要で、そのためにはどこをターゲットにして薬を作るかというのが大事になってきます。

たっきー

薬とは言ってもどういう原理で効いているのか答えられる人は少ないよね

薬として機能する原理の候補

今のところ大きく分けて3つの候補があります。

最初の候補はウイルスが細胞に入ったあとにウイルスが増殖するのを抑制するというものです。

ウイルスは細胞に入った後、ウイルスゲノムがホストの核に移動し複製や翻訳されますが、これを抑制しようというメカニズムですね。

細胞への感染は抑えられませんが、ウイルスが増殖して症状が悪化することを抑えることができます。

2つ目の候補が、最近話題のワクチンや抗体というようなもので、ウイルスは細胞に感染する際、細胞表面にある受容体と自身の持つスパイクタンパク質を利用して細胞内に侵入しますが、スパイクタンパク質に邪魔者(抗体)をくっつけることで受容体とウイルスの結合を阻害しようというのが2つ目の候補のメカニズム。

細胞の中に入る前に追い返してやろうということです。

3つ目の薬のターゲットとして挙げられるのは、2つ目とやや被りますが、入った後でもなく入る前でもないちょうどウイルスが細胞にくっつく瞬間を阻害できないかというもの。

このメカニズムはまさに今研究されていて、大きく分けるとこの三つが現状の創薬の候補となっています。

膜融合の阻害に関してはもうすでに他の研究があり、ウイルスに小さなペプチドアミノ酸(EK1)を入れてやるとスパイクタンパク質の立体構造に異常を与えて膜融合ができなくなって感染できなくなるという報告があります。

ペプチド抗体による中和ではなく、そもそもタンパク質の立体構造を邪魔する方法で、スパイクタンパク質の形を壊してしまおうという発想です。

今回紹介するのは3つ目に挙げたウィルスが細胞の膜に融合するところというのが実際どんなふうに起きているのかというのをシミュレーションしてみましたという論文です。

たっきー

感染する動きがわかれば、阻害する方法を考えられるということやな

スパイクタンパク質の形から動きを想像する

ウイルスが細胞に結合するために使っているスパイクタンパク質の形はこれまでの研究でわかっていて、こんな形をしています。

右側が細胞に結合する前のスパイクタンパク質の形で、左側が細胞にくっついた後のスパイクタンパク質の形、つまりウイルスと細胞が膜融合したあとの形まで実はわかっています。

結合する前の形と結合したあとの形はわかっていますが、もちろんその中間体の形というのは見ることができないですし、すぐに結合が完了してしまうため立体構造解析もできずわかりません。

なのでこれをタンパク質の立体構造から予測するシミュレーションをすることで、どういう分子運動を経れば結合前の形から結合後の形に変わると考えられるかをシミュレーションしたというわけです。

たっきー

最初と最後の形から間の動きを予測するなんて素晴らしい発想やね。

コロナウイルスはエンドサイトーシスを使っていない

まず一番驚いたのが、ウイルスはエンドサイトーシスで細胞に取り込まれているのではないという点。

細胞外の物質が細胞内に入るときにはほとんどの場合、細胞はエンドサイトーシスという仕組みを利用します。

しかし、今回の研究では違う方法で細胞内に入っているということがシミュレーションから明らかになりました。

スパイクタンパク質の動き方

まず初めにホストの細胞表面にあるACE2受容体というタンパク質にウイルスのスパイクタンパク質がくっつきます。

そうするとスパイクタンパク質の上側のサブユニット(S1)と下側のサブユニット(S2)がパコっと外れて、スパイクタンパク質が2つに分かれます。

S1が画像の灰色部分で、ホスト側の細胞表面にあるACE2受容体と結合すると蓋が外れるようにS1とS2が分離します。

S1が細胞膜にくっつくということはウイルスと細胞がめちゃくちゃ近い距離にいるということ。

最終的にはスパイクタンパク質は画像のような形になるということがわかっているので、S1とS2が離れた後になんとかしてS2が細胞膜に結合しているということになるわけです。

そこでシミュレーションをした結果がこの動画です。

S2には糖鎖が修飾されて付いています。

S1から切り離されるとS2は分解されて、いろんなパーツが自由に動き回るようになります。

青緑色の3つの触手のようなところが膜と結合するための手のような部分です。

このS2の頭だった場所はどんどんウイルスの膜の方に寄っていくのがわかるかと思います。

そうしていくうちに青色の部分は伸びたままで、青緑色の手がホスト細胞膜に突き刺さります。

その後、ある程度時間が経つと灰色の部分と青色の部分がジッパーを閉めるような形で連続して結合していきます。

これによってウイルスの膜と細胞の膜が一気に近づき、膜融合することでウイルスのゲノムはホストの細胞に侵入することができるというわけです。

たっきー

これめちゃくちゃすごいね。

おっくん

確かにこの動画の最後のスパイクタンパク質の形は、先で紹介した結合後の形と近い感じになっているよね。

おっくん

この動きを解析するのもすごいんだけど、この人たちの研究の面白いところは他にもある。

スパイクタンパク質の阻害はできるか

このような巧妙な動きを獲得したコロナウイルスのスパイクタンパク質は阻害できるのでしょうか?

この点についても考察がされています。

糖鎖修飾がキーポイント

先にも説明した糖鎖修飾。これがスパイクタンパク質の機能にとって極めて重要です。

もう一度動画を見るとこのタンパク質の動きにはある特徴があります。

まずS1とS2のサブユニットがあり、S2部分が糖鎖修飾されている。

これが実は今回の論文のキーになっている場所。

このあとS1とS2が分離してヘッド部分がウイルスの方に移動していくと、閉じ込められていたいろんなパーツが放出される。

そうすると青い部分がまっすぐ棒のように立ってより遠くに手が伸ばせるようになります。

このときにヘッドがウイルスの膜側に行きますが、かなりの時間この状態が維持されます。

つまりタンパク質が縦を向いた状態で長い距離、なるべく多くの時間侵入したい細胞を探せるようにこの手のようなビロビロが伸びた状態が続くわけです。

一定時間が経つと今度はS2が倒れていくことによって先ほど説明したジッパー現象が起き、ホストの細胞膜とウイルスの膜を近づけることが可能になるということです。

糖鎖修飾を破壊してやれば・・・

話は糖鎖に戻りますが、スパイクタンパク質から糖鎖を除いてやるとどうなるか・・・。

スパイクタンパク質が縦向きで維持できる時間(より遠くに手を伸ばせる時間)が減ってしまうんです。

その結果、縦に伸ばしていた青色の部分が完全にねじれる前に倒れたりそういうことが起きてしまって、S2が細胞を探せる時間が減ってしまう。

その結果細胞にくっつける機会がなくなってしまうということです。

糖鎖がないとこのタンパク質はより効率良く相手側を見つけてくっつくことができないということから、このスパイクタンパク質にとって糖鎖修飾されていることが重要だということがわかりました。

新たな創薬のヒントになるか

今回の研究は受容体と結合するところを阻害したり、ウイルスが体の中に入ったところを阻害する薬を作るのも大事だけれども、この膜融合というところに注目しても何かいろいろできるんじゃないですか?という新たな創薬の可能性の提案にもなっています。

たっきー

ちなみにこういう細胞との結合の仕方というのはウイルスでは一般的なの?

おっくん

ものによると思うけど、少なくともこのような分子シミュレーションがされたのは初めてなんだと思う。

今後、いろんなウイルスでこのような分子シミュレーションが実施されていくかもしれません。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

今回はコロナウイルスが人間の細胞に感染するときのシミュレーションに関する研究を紹介させていただきました。

コロナウイルスが今まで考えたこともないような細胞への感染方法をとっている可能性があるというのは非常に興味深い内容でした。

ただ、最後に一言言っておきたいのは、今回の研究結果はあくまでシミュレーションだということです。

結合前の分子の形と結合後の分子の形が決まっていてそれをどういう風に動かしたら説明がつきますか?というシミュレーションなのでそもそも前提が間違えていると今回のシミュレーションの結果のようにはなりません。

その辺りも踏まえた上で今回の研究は見ておいた方がいいのかなと思います。

でもこの動画かっこよかったよね〜。